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姐御の寝言

〜ヒルタ街の時々ステキ日記〜
秋は一番好きな季節です。のんびりしたいとにかく。
ポジティブ発見録その7 若さの話
ふと、思った。
10年前って若かったなー、と。

そのくせ10年前には、もうこんな歳だからと諦めていたことがある。
今考えればとんでもなく勿体無いこと。
今より10歳も若いのに。

そう思ったら。
すごいバカみたいに聞こえるかもしれないけど、今が何歳だって10年後よりは若い。
だから何歳になったって、歳のせいで何かを諦めることってとんでもなく勿体無いんだなと思った。



あたしはピッチピチの若さを誇るべき10代後半から20代までの間、一度だって年下に見られたことがなかったけれど。
気付いたらいつの間にか、実年齢より随分下に見られているらしい。
あたしより大分童顔の妹の結婚式で、妹の旦那さんの家族に、妹さんですか?とか聞かれたし。
仕事先の人達には、まさかの27、8歳だと思われているらしいし。

だから。
見た目にしろ実年齢にしろ、大した問題じゃないんだな今思う。
結局のところ年齢のせいとか言って諦めたことは、自分の自信のなさとか他のことに理由があって。
ただ、言い訳としての、歳のせい。

とは言えいい加減、年齢的にちゃんとしなきゃいけないところもあるんだけれども。
それも含めて、年齢を足枷にせずにいつでも生き生きと生きていけたらいい。
年齢を言い訳にせずに、いつでもやりたいことをやる勇気を持っていたい。
今の自分に自信を持つためにも、いつだって10年後よりは若いんだと自分に言い聞かせようと思う今日この頃。
| ポジティブ発見録 | 02:23 | comments(0) | trackbacks(0) | |
ポジティブ発見録その6 理想の姿
ジブリのプロデューサーの鈴木敏夫さんの、インタビュー記事を読んだ。
その中には、今のあたしにとてもグッと来る言葉が書いてあった。

だから、これは別にあたしが発見したポジティブじゃないけれども。
そして、ポジティブ、てことなのかもアレなんだけども。
まぁ聞いて。



鈴木敏夫さん曰く、「人間の生き方っていうのは2つ。目標を決めてそれに到達すべく努力するという考え方。一方で、目標を定めないで、目の前のことをコツコツやる。それによって開ける未来もある。」

「ある年齢になった時、ぼくだって若い時は目標を持たなきゃいけないと思っていた。思っていたけど、色々考えても目標なんかもてなかった。忙しかったもんだから、結局目の前のことをコツコツやらないとしょうがない。それによって自分はどこに行くかはわからないけど、開ける未来はある…ということを身体で学んだのです。」

「ジブリで働く現場の人たちは、頑張っている人に限って突然「辞めたい」って言ってくる人が多かった。その人たちには共通したことがあって、「このままでは自分を見失いそう。だからやめたい」と。そういう人たちに対して僕は「理想が高すぎるんじゃない?」って言い続けた。ようするに、自分が理想とする目標値があって、そこから現在の自分をみたらすべてみずぼらしく見える。だから「とりあえず目標とか、理想の自分を置くのをやめてみたら?」って。」



あたしはどっちかっていうと、目標を持たなきゃいけないと思ってる人間なもんだから、確かに今まで理想に向かって頑張っていたなと、そんな風に思った。
目標に向かって真面目に頑張るけど、道のりがあまりに遠いことにある時突然心が折れる。
自分の中の理想と現実のギャップってやつ。
でも。
例えばビジネス書とか、あたしが学生の頃に先生にも言われたけれど、「高い目標を持て」ってみんな言う。
あたしは特に役者業なんてものをやっていたから、成功するのは一握りの人間で、成功するのは常に高い目標を掲げて努力し続ける人間だ、って。
あとは、理想の自分像を持て、とか。
なりたい自分になる為の、目標とか理想。

ホントに、どこにでもそんなことはたくさん書いてあるけれど。
「とりあえず目標とか、理想の自分を置くのをやめてみたら?」
って、そんな風なことは言われたことがなかった。

目標に向かっていくのが悪いとは思わないし、あたしもそうやって生きてきたけど。
目標に向かうんじゃなくて、ただ目の前のことをコツコツやっていくって生き方があるんだなと思ったら、ものすごく、気が楽になった。
今、あたしが丁度、どうにもならない問題を抱えているからかもしれないけど。
そしてものすごく感化されやすいからかもしれないけど。

最終的にどうなりたいかを考えると、色んなことに縛られるし今の状態に不安しかない。
でも。
今目の前にあることだけをただコツコツと積み重ねていけばきっと、問題の全ては気付けばどうにかなってるだろうな、と。
そう思えたことで、すごく救われた。

逆にその生き方の方が不安になるという人もいるだろうから、どっちがいいかではなくて。
今のあたしには、遠くを見るより目の前を見る方が合っていたという話。
折れかけてた心に元気が戻った。

ポジティブになれるヒントって、ホントに日常の中にたくさんあるんだな、と、今日はそんな風に美しく締めてみよう。
| ポジティブ発見録 | 02:15 | comments(0) | trackbacks(0) | |
ポジティブ発見録その5 ありがとうの言葉
カゴメのちいさいパックの野菜ジュースを飲み終わり、パックをたたんでふと見ると。
たたまないと気付かないところに、「たたんでくれてありがとう」の文字。
どういたしまして!

何これ、ちょっと嬉しい。
とは言え紙パックのリサイクルには出さず燃えるゴミに捨てますごめんなさい!

ありがとうって言葉は力を持っていると、そう思わせる記事をちょっと前にオトモダチのカワハラさんに教えてもらって読んだ。
とある小学生が、米を瓶に入れて、片方には毎日ありがとうと声をかけて、片方は放置する、ていうのをやったところ。
放置してた方の米が腐ってしまっても、ありがとうと声をかけていた方はピンピンしていたんだとか。
すげ。
植物に毎日話しかけていると生き生きして枯れにくいって話も聞いたことあるし、ありがとうの言葉そのものというよりは、その気持ちが、植物の生命力にすら影響を及ぼすってコレ、すごい話。

あたし基本的に、何かをしてもらった時に「ありがとう」より「ごめん」とか「すいません」って言うクセあるから。
これからはありがとうを使うように心掛けようと思った今日この頃。
ありがとう、って言われるのと、ごめんなさい、って言われるのじゃ、言われた方の心持ちが変わるものね。
ありがとうは偉大。
このブログ、読んでくれてありがとう!
| ポジティブ発見録 | 02:16 | comments(0) | trackbacks(0) | |
ポジティブ発見録その4 幸福論的な
引き寄せの法則っていうやつをご存知でしょうか。
簡単に言えば、強く願ったことは叶うっていう法則。
引き寄せの法則の復縁ノートとかいうやつのやり方が、ネットに載っていて。
別に復縁的なことは微塵も望んでいないので本題はそこではなく。

そのノートに書く項目はたくさんあるんだけど。
なんでわざわざノートに書くかってのは、書いた方がイメージし易いから、らしい。
ポジティブな気持ちでイメージしたことは叶い易いし、出来るだけ具体的なイメージを持つといいのだと。

その項目のひとつに、「今日起きた素敵なこと10コ」を書くってのがあるんだけど。
やってみたら、これが結構大変。
2、3コなら何かしらあっても、毎日10コは中々思い付かない。
だから4コ目くらいからはすごく些細なことでも素敵なこととして書かないと、とてもじゃないけど10コは埋まらない。
けど。
ここがその、引き寄せの法則的なことのミソなんじゃないかと思うのね。
つまりは、些細なことでも素敵だと思えるようにする、ってゆう。

前にこのブログにも書いたと思うけど。
幸せな人、っていうのは、人より多くの幸せを感じられる人、らしいので。
日々の何でもないことでもそれを幸せだと感じられれば、身の回りに幸せがいっぱい転がってる状態だと思えるわけで、だから些細なことを素敵なこととして捉えるのは確かに幸せな人になる為に必要なことかもしれないな、と。
「幸せ」て言葉がそもそも漠然としてるから。
定義があるわけじゃなし、結局のところ、自分がどう思うかという話だけれど。



4コ目以降にあたしが書く素敵なことは大体、面倒臭いことをちゃんとやった、っていう内容。
例えば、皿洗いをやった、とか。
例えば、溜まっていたレシートを全部ちゃんと家計簿に付けた、とか。
あと非常に出不精でもあるもので、ちゃんと外に出て銀行に行くなり何事かの用事をちゃんと済ませた、とか。
そんな、ものすっごいどうでもいいこと。
あたしってやつは、ちゃんとした人に憧れているのだな。
毎日ちゃんと皿洗いやら掃除やらして、やらなきゃいけない用事をキッチリ済ませて、あとはぐっすり眠れればそれで幸せなんだなきっと。
ちゃんと、てか。
普通だなそれ。
普通にまず到達してないっつーね。

でもこれが、人によっては美味しいご飯を食べることだったり、お酒飲むことだったり、かっこいい人を見かけたことだったり、個性が出るのだと思うから。
自分が身近なことで何を望んでるのか知れることって、結構面白い。

これがホントに幸せに繋がるのかは不明だけど、なんかちょっと楽しい気持ちにはなるから、気になった方は是非お試しあれ。
| ポジティブ発見録 | 02:28 | comments(0) | trackbacks(0) | |
ポジティブ発見録その3 才能ってやつ
以前、このブログに書いたと思うけど、面白かった方の某狼のゲームに出ていたある出演者。
その人、その狼のゲームの中で一際ポンコツで。
役職、狂人なのに一貫して狼に投票し続けてたりして。
とにかく狼が不利になるような、完全に人間サイドの立ち回り。
まぁ、狂人にも狼が誰だか教えないってゆうルールでやってたから、分からなくても仕方ない部分はあるし、動画を見てる人には役職が明かされていたから余計にポンコツに見える部分はあるのだけれど。
それにしたって、立ち回りが下手だし、受け応えもうだつが上がらないと言うかなんと言うか。
とにかく、面白くない。
なんでこの人、この企画に呼ばれたんだろかと、不思議に思うくらい。

ところが。
その人の出ている違う動画をたまたま見る機会がありまして。
それを見たらば。
とっても面白かったのその人!
全然違う種類のゲームをやってる動画なんだけど、そのゲームのセンスもさることながら喋りも見違えるように面白い。

なんてこった。
人を一片だけで判断してはいけないね。

それを見て思ったんだけれども。
人って多分、何かしらの才能をみんな持っていて。
輝ける場所って、必ずあるもんなんじゃないか、と。
それが他人の目のつきにくいところだったりすることもあるだろうけれど、でもきっと、何かがダメに見えても、他の何かは素晴らしいんだろうな、と。
それをさ。
他人を判断する指針として思ったんじゃなくて。
自分が何かをダメだと思ったりした時に、それだけが全てじゃないと思えたり、違うアプローチをする為の糧になるんじゃないかしら。

自分のいいところ、て、自分の悪いところよりも気付きにくい、てか、ナルシストみたいで深く考えないところのような気もするけれど。
特に、何かが上手くいかなくてヘコんでいる時は。
誰かに褒めてもらっても、素直に受け取れなかったり。
悪いところとかダメなところを反省したり改善しようとしたりしないのは良くないと思うけど、でも、自分にはいいところもあるんだってことを、忘れちゃならんよキミ。
と、己に言ってみようあたし。

自分を褒め称えるのも時には必要。
そんな今日のポジティブ発見録。
| ポジティブ発見録 | 02:19 | comments(0) | trackbacks(0) | |
ポジティブ発見録その2 自己愛と自己嫌悪
散々ネガティヴを書いたまま放ったらかしてたポジティブ発見録。
もう季節も変わっちゃったね。
すっかり夏みたいな陽気。

発見してくよ!
これから発見していきますよちゃんと!





さて。
ネガティヴについては前回随分語ったけど。
今回は、ウジウジグズグズしてたところからの脱却の話。

日々の劣等感と闘っていたあたしがまず拠り所にしたのは、月並みな話ではありますが、自己啓発の本。
『なりたい自分になれる本』とかゆうタイトルに、純粋な心がクラッときまして衝動買い。
それ、勿論読んだけど。
真面目に読んだけども。
なんつーか、あたしはあんまりピンとこなかった。
なんせ書いてるのが外国の方なもんで、ケーススタディーのシチュエーションがそもそも、なんか違う。
ホームパーティーに自分だけ呼ばれなかった話とか。
なんか違う。
世界観が全然ピンと来ない。
その本の中で唯一しっくりきたことは、自分がいかに自意識過剰かってことだけ。
他人は自分が思うほど、自分のことを好きでも嫌いでもない、てゆうね。
つかまずお前にばっかりそんな注目してねーよ、てゆう。
そのことだけは今も、その通りだなと思う。

ただ、その本の意図とは全然違うところで、ひとつ、ハッと思いついたことがある。
他人が自分のことをどう思ってるかなんて、結局のところいくら考えたって分かんないわけで。
そんなことよりもまず、自分が自分のことをどう思うか、てことの方が大事なんじゃないかと。
その当時、あたしは自分のことが大嫌いだったけども。
自分のことをどう思うかは自分で決められるじゃないか、つて。
自分のことを世の中で一番嫌いなのも、自分のことを世の中で一番好きになれるのも、自分なんじゃないか、つて。
それなら、自分のこと嫌い、と思うより、自分のこと好きだと思ってた方がいいじゃん!つて。

かと言って急に、「はい今日からあたしは自分のこと好きです」とかゆうことにはまずならない。
そりゃそうだ。
そんな簡単だったら誰も苦労しない。
勿論あたしだって、さすがにそこまで単細胞じゃない。
なのでまず。
洗い出しをした。
好きになるには、嫌いなところを変えなきゃいけない。
その為には、嫌いなところを知らなきゃいけない。
知って認めなきゃいけない。
これが自分のダメなところだと。

そうやって洗い出したのち。
次に、具体策を立てた。
身の丈に合った具体策。
ジメジメウジウジしてるところから、急に「はい今日から明るく元気なやつに変身します!」てなことはまず不可能だから。
頑張れば出来そうな小さいことを目標に。
くだらないぐらい小さくても、チリも積もれば、てやつで。
あたしはとにかく、自分から行動して人間関係を作っていくことが出来ない、ていうのが何よりも嫌だったので、最初に作った目標は、挨拶、だったと思うけど。
仲良くないけど害もなさそうなクラスメイトに、自分から「おはよう」って言ってみる、てゆう。
今考えれば、そんなことも出来なかったんかい、て感じだけれどね。

でも、どんな小さなことでも、それを達成出来ればちょっとした自信になる。
あたしにも出来る、と思えること。
それと、万人があたしを拒否するわけじゃないんだ、と知ること。
だったらもうちょっと関わってみてもいいかもしんない、なんて調子に乗ってみること。
身をもって、ちょっとずつそういうことを経験していくうちに、気付けば自分のことをクソみたいだと思っていたあたしはいなくなっていた。

勿論、今でもダメなところはいっぱいある。
けど、あたしは、それは努力によって克服出来ると知っている。
知っていてまだダメなところがあるってのはこれ、努力をサボってるってことではあるが、サボれるくらいには成長したってことだなつまり。

人から拒否されたり卑下されたりすることを極端に恐れていたあたし。
今だって、当然それは嫌なことではあるけれど。
でも今は、例えあたしのことを嫌いなやつがいたとしても、それはそれで仕方ないなと思える。
いっくら他人があたしを否定しても、自分が自分のことを見棄てなければ、なんとかなる。
どうゆう結果になるにしろ、なんとかなる。
あたしは、あたしだから。



いやー、長くなったな今回も。
次からは。
もうちょいライトになる予定。
ディープな部分はもう触れ尽くしたから。
長文、最後までお付き合い頂きありがとうございました!
| ポジティブ発見録 | 15:15 | comments(0) | trackbacks(0) | |
ポジティブ発見録その1 始まりの話
さて、いよいよ書いていこうと思うポジティブ発見録。
初回はちょっと重めの話になるかと思うのでその辺、あらかじめご了承頂いて。
そんできっと長くなることを覚悟して頂いて。
とかいう前置きはさておいて。

これは持論でなんの根拠もないけれど、ひとって、ほっといたらネガティヴに考えるものなんじゃないかな、と思ったりする。

全ての人が、とは言わないが。
知らないことや初めてのことは怖いし、傷付くのは勿論嫌だし。
だからその色んな怖いことや嫌なことを前向きに考える為にはまず、「前向きに考えよう」と思わなきゃいけない気がするのよね。

当たり前のことを言ってるようで申し訳ないけれども、まずはあたしの、「前向きに考えよう」なんて簡単に出来ないし!と思っていたネガティヴの話からさせて頂きたい。



話は遡りまして、幼少期。
あたしってやつはとにかくワガママの暴れのやつで、木に登ったり、塀に登ったり、屋根に登ったり、とにかく登って怒られていた。
旅行に行けば勝手にひとりでどっかに行って、家族は迷子になったと大騒ぎ。
そんなわけだから小学校に入ったばっかりの頃は結構ガキ大将的なやつだった記憶があって、通信簿にも、おとなしく座ってられない、とか書かれていたりして。
とにかく傍若無人なやつだったから、気に入らないやつは仲間に入れないみたいなイジワルもやったりしていたけれど、男子を泣かせたりもしていたけれど、当然、そんな王国がいつまでも続くわけもなく。

因果応報というやつでしょうか。
クソ生意気だったあたしはある日突然、イジメの対象になった。

そもそも。
その当時のクラスはとんでもなく問題なクラスで、先生イジメが横行していて。
また担任の先生が新任の若い女の先生だったものだから、子供達の暴行を抑えることが出来ないばかりか、その暴挙に耐え切れず授業中に泣き出したりする。
で、隣のクラスから男の先生が飛んでくるっつー、ドラマみたいな展開。
かと言って、当時のクラスメイトの子達が荒れていたわけではないと思うのね。
主格でイジメをはたらいていた女の子は今思えば心が荒んでいたのだろうと思うけど、他の子達は、ただふざけて楽しんでいただけだったと思う。
イジメてやろう、とかいう悪意ではなく。

そんなクラスの中であたしがされていたことは、あたしの座った椅子には座らない、机をくっつけない、クラス中が無視する、ってゆうエンガチョ的なこととか、授業中に教科書を床に放り投げられる、とか、クソみたいなあだ名で呼ばれる、とか、小学生によくあるやつ。
もっと学年的に上だったらばきっと、肉体的な暴力やら金銭的なこと、性的な嫌がらせなんかもあったのだろうけど、そこは小学生。
そうゆうことに比べたらまだマシだったのかもしれない。
そしてまた。
あたしって天才的にバカで楽観的だなと思うのは、そんな中にいながらも学校を休みたいとか思わなかったことと、自分を見放さなかったこと。
学校は行かなきゃいけないもんだ、ってゆう謎の揺るぎない真面目と、明日は誰か普通に喋ってくれるかもしれないとかゆう根拠のない期待。
みんなにされていたことはとんでもなく嫌だったけど、それでもどっかで楽観的で、闇に飲み込まれなかったってことはひとつ、あたしの持って生まれた能力な気もしている。



と、ここまでは、そこまでネガティヴでもなかった摩訶不思議なあたし。
次の年クラス替えもあったので、あの問題のあったクラスで離れ離れにされていた入学当初からの友達ともまた一緒のクラスになり。
なんだかんだ楽しい思い出を残して小学校を卒業したのだけれども。

だけれども。
ひとつ、すごく変わったことがある。
人の目を気にするようになったこと。
イジメられていた時よりも、元イジメられっ子だったっていう劣等感の方が強く残っているのは何故なんだろう。
イジメをはたらいていたヤツらにまた何かされるかもしれないっていう恐怖より、イジメられていたことを知っている周りの第三者の目線の方が遥かに怖かったのは何故か。
出すぎちゃいけない。
目立っちゃいけない。
変に思われちゃいけない。
仲のいい友達以外の人達に感じる劣等感。
また同じような目に遭わない為に、とたんにひどく消極的に、ネガティヴになったあたし。
そして、明るく楽しくやりたいことをやることが怖くて、何ひとつ出来なかった自分が大嫌いだった。

ここからの中学、高校時代があたしのネガティヴ時代であるとともに、ポジティブ改革の始まりでもあるわけでして。

てか、今気付いたけど。
何故かネガティヴはヴ、て書いててポジティブはブ、て書いてるなあたし。
何のこだわりだよ。
ま、いっか。
書き直すの面倒だし。

つって、話を元に戻すけど。
ここまでの話であたしの一番ダメだったところは、あたしが自分で自分のことを、イジメられっ子だと自覚したこと、だと思っている。
イジメに関してはイジメた側が100%悪くて、イジメられっ子は被害者なんだってゆう考え方がもっともではあると思うけど。
それを否定するつもりもないけれど、自分のことに限って言えば。
あたしをイジメられっ子にしたのは自分自身だと思う。
イジメが始まった時に、何か不当な嫌がらせを受けたとしても、それをはねのける余裕がその時のあたしにはまだあったはず。
ヤメロっつって、言えたはず。
今だから言えることかもしれないけれど、甘んじて嫌がらせを受け入れた自分がひどくもどかしい。
自分で自分をイジメられっ子認定しなければ、あの下らない劣等感も感じずに済んだのに。




ただね。
あたしは、自分があの傍若無人でとんでもなく我が強いヤツのまま大人にならなくて良かったな、と。
確かに痛い経験ではあったけど、痛さを知れてホント良かった。
痛さを知って尚、相変わらずの我の強さだけれども。
これがもしあのガキ大将のままで大人になっていたらと思うと我ながら恐ろしい。
今でも知らない人に接する時は変に慎重になっちゃうし、集団生活が苦手ではあるけれど。
それでも当たり前の顔してやってけてると思ってるし、そこはもう自分で上手く決着つけるしかない。

その為のポジティブ発見録だしね。
ポジティブを発見する前に、ネガティヴを知って欲しかったわけで。
ネガティヴを見つけて認めるところから自分改革は始まるわけだから。
てなことを長々と書いたなしかし。
いつもながら長文にお付き合い頂いてホントすみません。

そんなこんなで本当にポジティブを発見していくのは次回から。
今回のを読んでイケそうだと思ってもらえたら、次回からもお付き合いのほどよろしくお願い致します。
| ポジティブ発見録 | 21:11 | comments(0) | trackbacks(0) | |
ポジティブ発見録 序章
以前から書こう書こうと思っていた、ヒルタ街のちょっとした日々のポジティブ論。
何故にそんなこと書くかって。
あたしの周りにあまりにネガティヴの人達が多いから。
なんでかね。
あたし自身、一見根暗に見えるとよく言われるが。
正直自分でも根暗なやつだと思って生きてきたが。
よくよく考えてみたら、あたしって、今まであった紆余曲折のわりに、とんでもなく根アカなんじゃないかと急に気付いてしまったわけでして。
それこそ、ウォーターと叫びたいくらいの衝撃と共に気付いてしまったわけでして。
それはきっと、楽観的ってことでもあるし、ただただバカってことでもあるし、それなりの鈍感でもある気がしているけれども。

でも。
根が明るいか暗いかって、そもそものそも、気持ちの問題なのじゃないかと。
自分で選べるモンなのじゃないかと。
そんな風に思う。

まぁ、そのことはおいおい書こうと思ってるので根アカのことは一旦置いといて。

周りの人達がネガティヴだってこと以上に、10代の若者達の自殺のニュースがあまりに痛い。
いじめが原因で自殺ってゆうのが痛過ぎる。
10代って!
いや、いくつだろうと同じだと思うけど、今、物凄くツラいことが、この先もずっとツラいとは限らないじゃないか、と思っていたい。
だってそうだったもの、少なくともあたしは。

だからね。
だから。
せっかくこうして根アカに生まれてきたからには、身の回りのネガティヴ達に、ポジティブの欠片だけでも伝えたい。
いじめを無くそうとか、誰かを救おうとか、そんな大それたことを考えたわけではなく。
ちょっとした日々のポジティブな発見が世の中にはたくさんあるぜ、ってことを、一緒に楽しんで貰えたらこれ幸い。

そんなわけで。
人によってはウザがられること請け合いのポジティブ発見録ってやつ、そうゆうのが面倒な方々には是非、大人のスルースキルを発揮して頂いて。
この戯言に付き合って下さる方はのんびり更新を待って頂けたら嬉しいです。
| ポジティブ発見録 | 02:25 | comments(0) | trackbacks(0) | |
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